参加者の声

家族と一緒にあり方を見つめてみて感じたこと(廣瀬恵理子さん)

By 2019年1月23日 No Comments

来場者インタビュー:廣瀬恵理子さんこんにちは、人生戦略セミナースタッフの川口です。

今回は、最近お母様を講演会にご紹介いただいた方に、その経緯と感想についてインタビューさせていただきました。

お名前
廣瀬 恵理子さん(26歳)(以下、廣瀬)

Facebookに当時の様子をアップしていただきました。

廣瀬さんの将来やりたいこと

人の目をキラキラさせる場作りがしたい。その一環として、自分は高知県出身なのでよさこい祭りの良さを広めていく活動がしていきたい。

例えば「ジェンダーレス」や「トップクリエイター」などのテーマで、一年きりのよさこいチームを作っていく。

それを自分の中心としたコミュニティーで、クラウドファンディングのような形で実現していきたい。

起業したくて入った会社で起業できないと気づいた

-本日はよろしくお願いします。早速なのですが、一番最初に講演会を聞いた時の状況を教えていただけますか。どうして行ってみようと思いましたか?

廣瀬「そうですね…第六感が騒いだというか。講演会の内容を聞いて『行かなきゃ!』と思ったんですよね。その時求めていたものがハマった、というか。

--何がその第六感に触れたのでしょうか。

廣瀬「元々は大学時代の経験から、起業したいと思っていたんです。それで新卒で入った会社で新規事業をやっていました。

その会社では現在の事業を回せるようになったら、自分から事業立案できるという約束だったんですけど、実際に提案してみたら『会社としては方向性が違うからできない』と断られることが続いてたんです。

ただ私も日々の忙しさでその起業への思いを忘れてしまっていたんです。

ただ講師の細金さんのプロフィールを聞いたときに『この人の知ってる世界に行かなきゃいけない!』と思ったんだと思います。潜在的な思いが顕在化したというか。」

--起業への志しを思い出したんですね。元々起業したいと思ったのはどうしてなのですか?

廣瀬「昔から企画したりリーダーシップをとったりすることが好きだったんです。

それで京都学生祭典という、200人ぐらいの学生が集まって企画するお祭りで、協賛企業を探す営業部に参加したんです。

そこは会社みたいに部署がわかれていて、経理部・営業部・企画部などもあって、学生の力だけで18万人動員するような大きな組織なんですね。

そこで、そのお祭りの後に、協賛してくださったいろんな企業の社長さんや経済連盟・大学教授の方々などを招いて、ありがとうございました会をやるんですが、私はその会の統括を2年やってたんです。」

起業を志したキッカケ

--それは元々起業の志があったから、ということですか?

廣瀬「いえ、そこでの経験で、ですね。実はわたし、その統括の一年目で大失敗してるんです。しかも場が凍りつくような大失敗で(笑)。

原因は、タスクを全部自分が背負ってしまい、さらに一部振ってる仕事も向いてる人じゃなくてやりたい人に任せてしまい、、、汗。

それで2年目は、経営学部で学んでいたことや、1回目の失敗で学んだことを活かして、自分は何もせずに「〜責任者」を作る方法で運営してみたんです。

採用も変えてみて、司会をやるのはアナウンサー志望の子を探してきたり、システム的なことはプログラミングを学んでいる子に頼んでみたり。

(銀河鉄道999の)松本零士さんと偶然繋がることもできて、手書きのメッセージまでもらえたんです。

それで会場に、プラネタリウム置いてみたり、京都の和紙で灯篭を作ったりして宇宙空間っぽく演出してみたりと、とにかくいろんな改善策を試したんですね。

そして、会場にきてくださったそのお偉いさん達が、「なんだこれ!?なんで松本零士のサインがあるの!!」とメガネをずらして驚いてくれたんです。

その時に『人の目がキラキラする瞬間を作るのっていいなぁ』って思ったんです。起業したいという想いが固まったのはその時ですね。」

--それは大きな成功体験ですね。それで起業を。

廣瀬「そうですね。ただ起業塾に行ったら、『お金は?人脈は?』と聞かれて、まだできないと思ってしまったんです。

京都で起業してもよかったんですが、いますぐには無理だと思って、自分がTOPに立ってクリエイティブなことができるところを探して就職した、というわけなんです。」

--それで先ほどの話に戻るわけですね。

廣瀬「そうですね。入社から半年ぐらい経ってからWEBサイトの新規事業を任されていたのですが、脱毛・エステティシャン・SNSの立ち上げなどを兼任して、完全にキャパオーバー状態でした。」

--そのモヤモヤの中で、講演会の紹介があったんですね。

廣瀬「そうですね。『これは行かなきゃいけない!今、行動しないと!』と思いました。」

考えたこともなかった話に驚きの連続だった

--実際に講演会を聞かれてみてどうでしたか?

廣瀬「とにかく驚きの連続でした。1997年を境にして時代観や価値観の違いが出てきていることか、お金はありがとうの対価だよとか、考えたこともなかった話が多かった印象です。

人生も経営も『やり方ではなく、あり方から逆算してやる』といったお話に関しても、その”あり方”という発想自体が自分の中で斬新でしたね。

『あ〜そういう考え方があるのか』という納得感がありました。親も少し前の世代の考え方だったので、世代間で物事を考えていいんだって思えるようになりました。

--聞く前と聞いた後で、自分の中に感じた変化はありますか?

廣瀬「考え方が一番変わりましたね。

自分がこうしたいから、という理由だけでコミュニケーションばっかりとっていたこと、自己管理の重要性、人のマネジメントの仕方とか、自覚してないところでもかなり変わったと思います。

お金さえあれば起業して、うまくいくって思ってましたけど、今の自分のレベルでは失敗しそうだなと痛感させられる毎日です。

家族と一緒に聞いてみて感じたこと

--お母様を誘おうと思ったのはどうしてなのですか?

廣瀬「両親にはずっと聞いて欲しかったんです。講演会に何回か足を運んでるうちに、だんだんと想いが強まっていった感じですね。

ただ実家が遠いので、なかなか実現しなくて。あるときに母親が東京に遊びに来たいと言ったので『じゃあこの日にきて。この日しか遊べないから!』って無理やり講演会の日程に合わせてもらいました(笑)

--どのようにお伝えいただいたんですか?

廣瀬「娘が関わっている人たちがいる場所だよというザックリとして感じで誘いました(笑)

母も『まぁ、あんたがそう言うんだったら、行くしかないか』みたいな感じだったと思います。ただ怪しいと思ったのか、叔母も一緒に連れて来ました(笑)」

--大丈夫かしら?と思われていたんでしょうか(笑)。お二人の聞いた後の反応はいいかがでしたか?

廣瀬「楽しい!みたいな感じでしたね。

叔母は『ぶっちゃけ怪しいと思ってたけど、細金さんの話も面白いし、ワクワクが止まらない!今のうちに2年後の家計画描いちゃお!』みたいなテンションでした。

母『メモをたくさんとったから、お父さんにもこんな面白いセミナーがあるって伝えよう』って言ってくれました。」

--それはスタッフとしてもものすごく嬉しい感想です。廣瀬さんはその反応を受けてどう感じましたか?

廣瀬「私は、二人の一つ後ろの席に座って様子を見ていたのですが、話聞いてる最中も、肩をすくめたり、目頭を抑えたり、きゃっきゃしたりして感情を揺さぶられていたようでした。

私はどっちかというと『よしよし、伝わってるな、しめしめ』と思ってました(笑)

ただ私としては母が定年退職したタイミングだったので、自分もそうだったように『母や叔母さんたちの潜在的な夢が出て来たらいいなぁ』と思っていました。

だからこそ『いい話聞いてよかった』で終わらせたくなくて。実際に今考えている段階だそうです。」

--定年後をどう生きようかを考えるキッカケになったのですね。最後にご家族と本講演会を共有してみて、感じたことを教えてください。

廣瀬「母は『若い人も多いし、怪しいかなと思ってたけど、よかった。若い時に聞いておけばよかった』と言っていたんですね。

その発言を聞いて、早くいろんな人にこの情報を伝えたいと思いました。

『もっと早く聞きたかった』という人を出さないために、まずは身近な人から伝えていければなと思っています。」

--本日は貴重なお話をありがとうございました。

夢を応援しあえる家族っていいな

廣瀬さんのお話を伺っていて、自分が両親を初めてこの講演会に連れてきた時のことを思い出しました。

僕の両親も最近定年を迎えましたが、初めて講演会を聞いた2012年時よりも今の方が若々しく、いろんなチャレンジをしているように思います。

父も母ももともと忙しい人でしたが、退職してなお、やりたいことを見つけ日本だけでなく、世界を飛び回ったりしている姿を見て、息子としても勇気をもらっています。

この講演会を通じて、1世帯でも多く「お互いの夢を応援しあえる家族」が増えたらいいなぁ、なんてことを改めて思ったインタビューでした。

川口 美樹

川口 美樹

人生戦略セミナースタッフの川口美樹(かわぐちよしき)です。俳優業を経て独立。執筆業・講演業などをしながら恋愛コラムニストとして本の出版や、メディア事業運営に関わっています。初めて人生戦略セミナーに参加したのは2011年の6月。スタッフ歴は5年目です。

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